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【映画レビュー】「永い言い訳」観ました。邦画史に残る傑作

どうもメガネです。

本日は映画「永い言い訳」についてレビューを書いていきます。

 

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総評:9/10

素晴らしいの一言につきます。泣かせのシーンがないのにボロボロ泣いてしまいました。ただただ凝縮された二時間。出演者の方々の演技が基本的に素晴らしいのですが、なによりモッくん。ハマりすぎです。邦画ならではの映像美や随所に挿入される音楽のセンスの良さ。これは邦画としてのひとつの到達点であると私は強く思います。

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あらすじ

人気作家の津村啓こと衣笠幸夫(きぬがささちお)は、妻が旅先で不慮の事故に遭い、親友とともに亡くなったと知らせを受ける。その時不倫相手と密会していた幸夫は、世間に対して悲劇の主人公を装うことしかできない。そんなある日、妻の親友の遺族―トラック運転手の夫・陽一とその子供たちに出会った幸夫は、ふとした思いつきから幼い彼らの世話を買って出る。保育園に通う灯(あかり)と、妹の世話のため中学受験を諦めようとしていた兄の真平。子どもを持たない幸夫は、誰かのために生きる幸せを初めて知り、虚しかった毎日が輝き出すのだが・・・

- 公式サイトより引用 -

見所

「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」との比較

この映画を見ている最中ずっと2015年のアメリカ映画「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」と似ているなぁと思いながら見ていました。作中で主人公たちは同じように冷え切った夫婦関係である妻を亡くし、自分が彼女を愛していたのか、妻は自分を愛していたのかを考えます。その時とった両者の行動は似て非なるものですが根幹にあるものは「逃避」です。(永い言い訳の作中でも主人公が指摘されています)

パートナーの死によって永遠に釈明や贖罪の機会を失った主人公たち。永い言い訳の幸夫は幼い子どもたちを世話することによって、デイヴィットは物を分解・破壊し、堕落的な生活をすることによってその現実から目を逸らします。しかし死者からは逃げ続けることも、逆に想い続けることもできません。彼らは忘れていかなくてはならないし、前に進まなければなりません。そして最後には両者ともに妻の死を受け入れ、自分の人生を生きていくことに決めるのです。

雨の日は会えない、晴れた日は君を想う(2015年)

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デイヴィスは、出世コースに乗り、富も地位も手に入れたウォール・ストリートのエリート銀行員。高層タワー最上階で、空虚な数字と向き合う味気ない日々。

そんな会社へ向かういつもの朝、突然の交通事故で美しい妻を失った - 。

しかし一滴の涙も出ず、悲しみにさえ無感覚になっている自分に気づいたデイヴィス。

彼女のことを本当に愛していたのか?

僕の心はどこにいってしまったんだ  - ?

デイヴィスは、身の回りのあらゆるものを破壊しはじめる。会社のトイレ、パソコン、妻のドレッサー、そして自らの結婚生活の象徴である「家」さえも。あらゆるものを破壊していく中で、デイヴィスは妻が遺していた幾つもの”メモ”を見つけるのだが・・・

 

主人公幸夫と、物語全体に関して

幸夫は成功者といってもいい中年です。十分な収入とメディアを通じた地位もある。しかしどこかで孤独を抱えている。この孤独感について、僕も近年非常に感じるところがあって、年々その孤独感は強まっているように思う。(幸夫に比べてまだまだ生きることに必死な部分もあるけど)この孤独感について僕は「個の拡大」と呼んでいるわけだけども、その話はあまりにも脱線しすぎるので、いつか別の機会に書こうと思います。

幸夫が終盤、陽一の息子である真平に言います。

「自分を大事に思ってくれる人、簡単に手放しちゃいけない。見くびったり、貶めしめちゃいけない。そうしないと僕みたいになる。僕みたいに愛していい人が誰もいない人生になる。簡単に離れるわけないと思ってたのに、離れる時は一瞬だ」

もちろんこれは内省的なセリフです。真平を通して自分に言い聞かせるように、噛みしめるように言います。

再会した大宮親子を見つめ、そこが自分の居場所ではないと改めて実感する幸夫。帰りの電車の中でノートに「人生とは他者だ」と泣きながら書きなぐります。他者とのコミュニケーション、相互理解こそが人生であって、その相手を永遠に失ってしまった自分の孤独感を改めて実感させられると同時に、亡き妻を悼んで初めて涙を流すのです。

幸夫は美容師であった妻の死後、禊のように髪を切りませんが、最終盤で妻が経営していた美容室で髪を切り、妻の所持品を穏やかに段ボールにしまうところでこの映画は終わります。彼女の遺した物や、匂いや輪郭さえも時間経過とともに忘れられてしまうことでしょう。それが前を向いて歩くということなのかもしれません。

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大宮親子について

大宮一家は中流より少し下の団地に住んでいる家族で、父陽一は無学だが人の良さがある。このオヤジ、まぁ泣く。奥さんからの最後の留守電をずっと消去せずに保存して、それをトラックの中で聞く姿はちょっと涙腺がやばいことになりそうでした。でもそれを聞いているうちは前に進めないってきっと自分もわかってるんだよなぁ。中盤でその留守電を消すシーン。ここもダメです。ダメ。泣いちゃう。

それから息子の真平よ。彼の気持ちが痛いほどわかりすぎて感情移入が半端なかったです。長距離トラックで家をあける父の代わりに妹の世話をし、買い物をする兄。中学受験を諦めなければならないが無学な父にはその悔しさはきっと伝わっていない。ここらへんの演出がとてもうまいのです。コタツでだらしなくイビキをかいて眠る父を見て、真平のストレスがピークになるシーンがあるのですが、まぁこの歳になってどっちの気持ちも本当によくわかる。家族のために、今を生きるために懸命にハンドルを握る父と自分に関心を持っていないと誤解する息子。そのすれ違いをうまく描いています。

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まとめ

冒頭にも書きましたが本当に素晴らしい映画でした。僕は「雨の日には〜」よりも好きかなぁ。なにより意外にも幸夫に感情移入している瞬間が一番多かったように思います。そういえば最近、浅野いにお先生の「ソラニン」の新装版が出て、なんと幻の続編が掲載されていました。あの作品も恋人の死について書かれた作品ですが、こうやってみんな愛する人の死を乗り越えていくんだなぁと改めて感じました。

(浅野いにお作品については近いうちにレビューしたいと思ってます!)