Anarchy WORKSHOP

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【映画レビュー】三度目の殺人

どうもメガネです。久々の映画レビューは福山雅治、役所広司主演の「三度目の殺人」。前から気になってはいたものの重そうでなかなか手をつけられなかった作品です。一度フラットに観て、連続でもう一回飛ばしつつ観ました。

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総評:8/10

うーん、これは評価が分かれるでしょう。少なくとも商業的では全くないですね。この監督さんのファンは好きかもしれませんが、この手の作品が好きな人からすると些か消化不良さを感じたのではないでしょうか。私は個人的には好きですが、映画全体として捉えるとちょっとした不満点はあったりします。随所にメタファーな表現が盛り込まれていて、とてもよいのですが、一方で作品のテーマというか芯をあえてズラされているような気がしました。「現在の法律というシステムに対する警鐘」「他者を理解することの難しさ」「死刑制度」「生殺与奪の理不尽さ」、そして「誰が真犯人であるかというミステリー的なカタルシス」色々なポイントに目がいってしまうので、初見時は些か混乱しました。しかしそれまでもが終盤で重盛が三隅に投げかける「自分がそう理解したいだけなのか」という台詞に対する答えだとするなら面白いですが、多分違いますね。押井守監督作品イノセンスの中で荒巻が悩めるバトーに言う「理解とは概ね願望に基づくものだ」という台詞を思い出しました。この言葉自体がなにかの引用であった気がしますが。

俳優陣でいうと役所広司の演技が本当に素晴らしい。この役柄をここまで完璧に演じられる役者が今の日本にどれだけいるだろうか。本音の見えない不気味さや、その奥にある誠実さ、激情から読み取れる精神的脆弱さ。そういった複雑で立体的な役柄を見事に演じきっています。しかし、素晴らしいがゆえに福山雅治と広瀬すずの演技が非常に浮ついて見えてしまい、少し興ざめ感がありました。とにかく演技が下手。この役柄に広瀬すずは少し可愛すぎるような気がするし、福山雅治では厚みが足りない。

考察

誰が被害者を殺した?(真犯人)

本作は意図的に(あるいは意地悪に)、観客が「多分三隅が犯人だよな〜?いや娘が殺したのか?」というモヤモヤする終わり方をしています。物語の終盤で突如として容疑を否認する三隅。「信じてくれますか」と重盛に詰め寄る三隅の態度に非常に違和感を覚えたのは私だけではないはず。実に白々しい。本当に演技が素晴らしい。というのは置いておいて、客観的に考察。

<終盤、三隅が容疑を否認した際に証言したこと>

  • 財布は盗ったが、殺害現場の河川敷には行ってないし、殺してない
  • 自白は警察、検察、弁護士に強要されたもの

<客観的に事実との相違>

  • 焼かれる前に奪ったはずの財布になぜガソリンが付着していたか
  • なぜ犯行直後にタクシーに乗っていたのか

<確信まではいかない違和感>

  • なぜ逮捕前に家賃を早めに納めたか
  • なぜ飼っていたカナリアを殺して埋めたのか

以上のことを総合的に判断するとやはり三隅が単独で殺したと説明するのが最も合理的だと思います。咲江との共犯も考えましたが、仮に共犯の場合はやはり三隅の行動原理が咲江の救済であるということになり、咲江を同行させるとは思えません。また判決が下された際、三隅は穏やかに見えました。被告人証言でついた悪態とのギャップで、やはりそうかなと。というか冷静になって冒頭から観てみると「咲江を救済」が三隅の行動原理と捉えると矛盾がありません。しかしあの陳述して時の三隅の証言、本当に意地悪だよな〜(笑) 嘘なのか本当なのかわからなくなる!

タイトルの「三度目の殺人」の意味

一度目は三隅が30年前に起こした殺人、二度目が作中メインの殺人、三度目は三隅自身の死刑と捉えるのが自然だとは思いますが、表現に些か疑問が残ります。「三つ目の殺人」というタイトルであれば法によって殺される三隅ということになるのでしょうが、「三度目」という連続性のある表現から「三隅が自身を(死刑によって)殺した」と理解するのが個人的には精神衛生上よいです。そうなると必然的に二度目の殺人の犯人も三隅ということになり、先ほどの真犯人である考察もうまく収まる気がしますね。

確信が持てないことと、普通に謎のままのこと

6羽のカナリア

三隅は警察に捕まる前に飼っていた5羽のカナリアを殺して埋めます。実際には6羽いて、1羽は三隅が意図的に逃しますが、この1羽は「救いたかった咲江」というのは確定として、作中で三隅が「理不尽に死んでいったり、不幸になった」と表現した両親、自分の娘たちへのメタファーであると想像できます。残りの2羽は一度目と二度目の殺人で死んだ被害者でいいのかなぁ?個人的には一度目はわかりませんが、二度目は殺されるべくして殺されたと三隅が理解しているような気がするので若干疑問です。

三隅はなぜ人の心が読めるのか

三隅は作中でマジカルな能力を見せてくれます。重盛に娘がいることを言い当てたり、咲江が父親に殺意をいただいて、それを三隅に望んでいることを感じ取ります。最初は重盛を動揺させるためコールド・リーディングかな?と思いましたが、どうなんだろう。重盛ぐらいの年齢だと結婚していてもおかしくないし、そうなると子供がいてもおかしくない。そしたら二分の一ですからね。でも咲江の気持ちを感じ取っていたところを加味すると、人より強い共感覚があったとしても不思議ではないのかな?

咲江の足が悪い理由

途中咲江の足が悪いことについては先天的なものであると説明されていますが、咲江自身は「小さな頃に工場から飛び降りた」と説明しています。嘘をついているのか、そう信じ込んでいるのかどちらかわかりません。

途中電話してきた重盛の娘

本当にわからない。なんの意味があったのだろう。

最終的なまとめ

決して商業的なカタルシスは得られないものの、映像表現や音楽は比較的好きだし、なにより役所広司の演技を感じるためだけに視聴しても損はないと思います。また途中重盛の言う「生殺与奪の理不尽さ」は志賀直哉の「城の崎にて」に通ずるものがあり、好みとして好き。この手の作品はだいたいそうなんですが再視聴はないかなぁ。観たら暗くなる(笑)